9.27.2009

new semester




カレンダーとは1日ずれた5連休を頂き、大阪へ帰省。

友達、友達の子供や初対面の赤ちゃん、家族、親戚とも
ゆっくり時間を過ごせ、たっぷり充電してきました。
もちろんだんじり祭りも満喫。
めずらしく兄と2人、細い路地を抜けて
お祭りを見に行ったのが、久しぶりの感覚でうれしかったです。

家族で奈良の橘寺にも行きました。
聖徳太子が生まれたところ。
道すがら雲間からこぼれる太陽の光や、
田園に落ちる夕日も美しくて、目を奪われました。

実家から関西空港までは車で15分程度なので
すっかり油断したまま、東京への帰途についたら、
カーディガンを裏返しに着ていたことに飛行機で気づき、
あわてて着なおしました。

心もきゅっと引き締まり、
翌日から、ばたばたばたばたと過ごしていますが、
東京に戻って来ても「おかえり。」と言ってもらって、
わたしは幸せものです。
しみじみ。

またお正月の帰省まで、がんばりますー

9.14.2009

秋 な の で



外では鈴虫が鳴いていますが
わたしの家の中では、
小さい蜘蛛とてんとう虫が、壁を歩いています。

このおふたかた、おそらく6月、8月にも
室内にて見かけたことがあるので
ずっと住み続けているのでは・・・


最近読み終えたミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」。
紆余曲折を経た男女がたどり着いた末の文章が
とっても印象的だったので、ここに記します。

実際に読まれたときの感慨が薄れてしまいますので、
これからお読みになられる方は、目をつむっていて下さいね。


 今、同じように奇妙な幸福を味わい、
 あの時と同じ奇妙な悲しみを味わった。
 その悲しみは、われわれが最後の駅にいることを意味した。
 その幸福はわれわれが一緒にいることを意味した。
 悲しみは形態であり、幸福は内容であった。
 幸福が悲しみの空間をも満たした。


やっぱり一部分だけ抽出すると、
なかなか伝わりにくいかもしれませんが、
ここに辿り着くまでのストーリーは、
視点も男、妻、元妻、愛人と移り変わり、
さらに妻の暗澹たる夢が織り交ぜられ、
複雑な心境がもやもやと立ちこめていたところ、
最後、この文章を読んだ時の、心の溶解度がすごかったのです。

悲しみは形態で幸福は内容。
こんなふうに思えたら!
その瞬間は考えてもやって来ないし、待ってても来なくて、
突然降ってくるしかないように思います。
降って来たあとも、毎日は続いていくのですし。


いつの間にか、てんとう虫が
照明のシェードに飛び移っていました。
がんばれー。