11.21.2013
knitting
最近は時間と時間の隙間を見つけては
編みものに没頭しています。
以前から簡単なものを編んだことはありますが、
きちんと1枚のセーターを目指すのは初めてのこと。
冬を前にして思い立ったのか、
祖母、母、伯母たちが皆、見事な編みものを家族に残しているのに
わたしはまだ何ひとつ作り上げていない、と遺伝子が焦ったのか。
ついカレンダー上のスケジュールだけで1日を埋めようとしてしまうけど、
そこには特に取り上げられることのない隙間の時間こそ
集中することができたり、じんわりと密度の濃い
なんでもない時間が流れているのだ、ということを
自覚させるために手を動かす基礎練習をしているような、
そんな気持ちもどこかで感じています。
1段ごと編めるたびにうっとりする時間の方が長いので
なかなか進みませんが、しばらくそうして過ごしています。
街を歩いていても、色んなものが編み目に見えて仕方ありません。
these days i cant stop to knitting.
it remind myself how to spend our days in calm.
10.27.2013
un carnet de bal

久しぶりに古い映画を観ました。
窓の外には近づく台風。
1937年に封切られたフランス映画「舞踏会の手帖」。
オムニバス(もとは乗り合い馬車の意だそう。)の先駆けらしく、
小気味良く切り替わる舞台設定、登場人物。
やはり主人公がまとう滑らかなラインの衣装の数々に、目を惹かれました。
雪山でのスキーのシーンも、乗馬をするようなかっちりした格好に興味津々。
この映画が封切られた頃、すでに20歳を過ぎていたわたしの祖父。
今や出演する人々も、おそらくほぼ皆この世にはおらず。
映画の中では30を過ぎ未亡人となった主人公クリスティーヌが
16歳の時に胸膨らませた初めての舞踏会を懐かしんでいたりするけれど、
その思いの先の過去は、また更に輪をかけて過去になっていて。
こうして時間がループしたままフィルムに焼きつけられて後世に残り、
ある夜、どこかの国で誰かに見られているという不思議。
映画のストーリーから付かず離れず、
いえ、もう本筋からはすっかり離れているかもしれませんが、
そんなことに思い巡らせています。
last saturday my grandpa passed away at the age of 100.
i couldn't crack his white leg bone as it was so strong at his funeral.
looks like he's still living...
10.22.2013
6 days in portland
minamoのツアーに合流するかたちで約1週間portlandに滞在しました。
3人家族のMarcusのお家にはかわいい4歳のGemma。
伝えたい気持ちに言葉が追いついてなくって、かわいかったなぁ。
手をつないで散歩したこと、木の葉をちぎってくれたこと、
ピンクのスカートを褒めてくれたこと・・・日本に帰ってからも思い出してます。
minamoがSeattleでライブのため、1日不在の際には
RyanがColumbia River Gorgeに連れていってくれました。
前日、Dannerのfactory shopでちょっとおしゃれのつもりで
買ってもらったブーツが、思わぬトレッキングに大活躍。
落葉がまじるやわらかな土を踏みしめる感触や、
倒木に腰掛けて食べたサンドウィッチ。
朝食に出してもらったQuinoaに甘く煮たいちごを載せたの、
作り方を聞いておけばよかったな。
DowntownにあるPublication Studioでは、お店の女の子2人にしゃべりかけたら
親切にも、original guide book をその場でプリントして、
ささっと製本して手渡してくれました。
レストラン、ショップ、おすすめの公園リストほか、Mike Millsなどによる
8篇の短篇も挿入された、なんとも気の利いた1冊。
さっそくそれを手におすすめのコーヒーショップCourier Coffeeへ。
ちょっとした、でもportlandならではの時間を過ごすことができました。
Marcusのお家の近くAlberta streetではminamoが教会でライブをするまでの時間
楽器やさんで、譜面台やふしぎな楽器(工具?)をみたりして
秋色に染まる通りをそぞろ歩きながら、皆でブリトーをもりもり食べたり。
東京でにわかブームのportlandですが、実際に土地に降り立ち
日常を過ごしてみると、思っていたよりずっと自然に、ちょっと雑なくらいに
いわゆる健康で過ごしよい毎日を、自分のペースで各々過ごしていました。
そもそも光の色がまったく違うので、見える景色も全然違うのです。
どれだけ近づこうとしても、決してその距離は縮まらないなぁと実感。
帰国翌日は夫とふたり、portlandが恋しくて、悲しいとも言えぬ
なんとも切ない気持ちを抱えながらお家で片付け。
かわりに他の国から東京へお友達を迎えるときは
どうしたものかなぁ、と考えるきっかけにも。
何より、まだまだわたしの世界がひろがりゆくことに感謝。
i know i never be able to describe the peace of little water falls.
9.27.2013
ひ そ や か な
誕生日が同じ日なので、何かと気になる存在のジョルジュ・サンド。
1804年生まれ。本名はアマンティーヌ=オロール=リュシル・デュパン。
最近日中に読んでいるのは、サンドがなぜ男装をして過ごしたのか、
ということをテーマにした書籍。
彼女の祖母の生い立ちから、フランス革命を含む時代の変遷を辿りつつ、
当時の服装の描写が細かく記されているのが興味深く、
読みながら想像を巡らせています。
こうした古い時代の本を読んでいると、
今を生きている人が誰一人いなくなった未来に
この現代のファッションや風習はどういったものが
資料として語り継がれるのか...
(それは何新聞?どの雑誌?WEBマガジン?誰かの個人的な日記?)
と、思うと、今読んでいる本の内容についての真偽のほども
ある程度、おおらかな気持ちで受け止めないとなぁとも思ったり。
かたや夜眠る前に読んでいるのは、「音楽の歴史」という名の通り
そもそも楽器の発祥から、宗教による音楽の波及など
ざっと歴史を辿ることができるもの。
こうして2冊同時に読み進める醍醐味として、
2冊ともに、もうすぐジョルジュ・サンドがショパンと出会い
恋におちるという瞬間がやってくるということ。
あんまりに密やかな楽しみですが、
この読書のおかげで、いやな電車も毎日乗れるくらい
わたしには大きい作用があるのです。
2冊読み終えたら、サンドがショパンに送った書簡集と
夫が実家から持って帰って来たグレゴリオ聖歌選集を読むつもり。
こうして枝葉が分かれていきつつ、自分の根底につながりをもって
本を読み進めていくことが、忙しい中に見出せる楽しみのひとつです。
9.05.2013
夏 の 終 わ り
(* ムービー再生すると、ちょっと音が大きいです。)
「今年も浴衣に袖を通さないまま、夏は終わってしまうのかしらー。」
と折につけ、うらめしそうに言い続けていましたら、
先日無事、近所の盆踊り祭に連れていってもらいました。
地元の方による、盆踊りの先導チームの列を遠目から
見よう見まねで、ずいぶん長い間踊り続けました。
(踊りと言えるまでには、かなり遠い道のり...。)
言葉も交わさず一緒に踊っているだけで生まれる
人と土地と空気との一体感。
これはきっと盆踊りならではの、まさに祀りのかたちなのだろうなぁと
心の底で感じました。
屋台も商店街主催だからか焼きそば¥200- などとても良心的。
小さい頃は、近所の公園で8月末に開かれる盆踊り祭に
毎年欠かさず参加していたことも、体感として残っているからか、
これはきっと毎年続けて参加するごとに、趣が増しそうな予感です。
来年はもうちょっと上手に踊れますように!
8.01.2013
walk around vienna
ウィーンからザルツブルグ、国境を越えてチェスキークルムロフ、
またオーストリアに戻ってリンツ、最後にもう一度ウィーン、と
巡ってきました。
どうしてもずっと行きたかったウィーンの街並は
散歩しているだけでも、充分にその雰囲気を楽しむことができました。
歴史ある建造物をそのままに、信号のそばにはラベンダーが植わっていたり、
静かな郊外に点在する公園、たまたま見つけた楽譜屋さん、
宿泊したホテルの近くにはドヴォルザークの住んだ家があったりと、
街全体が落ち着いていていました。
地下鉄も過剰なアナウンスなど一切なく、浮ついていない印象。
土曜日の朝だけ開かれるNaschmarktという朝市では
ちょっと個性のあるモチーフのピンバッジや
お花や女の子を象った古い紙、
ピンクとむらさきの色合いがよい、ローウェストのワンピースなどを
見つけることができました。
リンツでは夫の仕事仲間の方達が、丘の上のお城にあるレストランを
予約して下さっており、いろいろとお話ができた上に
地元の雰囲気をそのまま味わうことができました。
夜風に吹かれて、外でビールを飲みつつ、それぞれの子供の頃を
思い出したりしておしゃべりは尽きず。
もちろんウィーンでは、シェーンブルン宮殿など歴史的な場所も訪れ、
その広大さ、絢爛豪華な室内装飾に言葉も出ず、
そのあとゆっくり森を散歩して、心静めたり。
ウィーン最終日は趣をかえて、若い人達による旬なお店巡り。
リンツで教えてもらったWEBサイトwww.7tm.at が、とっても役に立ち、
ひとつ見つけた素敵なショップから次から次へとつながって、
オーストリアのものではないけれど、きっと日本では見かけないお洋服や
勢いあまって1-9-7-9というBerlinからのスウィムウェアを購入。
お店の娘も親切にして下さって、とても印象に残りました。
わたしも海外から表参道へとやって来るお客さまに
こんなふうに旅先の記憶に留めてもらえたらいいな、と改めて。
6.22.2013
5.31.2013
奈 良
かろうじて咲き残っていた牡丹の花。
聖林寺の十一面観音菩薩の拝観は2度目でしたが、
やはりとても優美。
前に訪れた時も雨でした。
よもぎうどん食べながら、
隣りの座敷にどやどやと入ってきた団体客の方々からの注文、
あたふたする店員さんとのやりとりに、つい見入ってしまいます。
腹ごしらえをして長谷寺へ。
長い階段をえっさえっさと。
そのあと大野寺の前を流れる宇陀川へ。
対岸の岩壁にうっすら浮かび上がる弥勒磨崖仏。
私たち以外に人気もなく、小雨の中
露をたたえる木の葉や、緩くカーブする川の流れ、
全てが調和していて、静かな心の内に、ことばも浮かびません。
幼い頃から休日となれば、家族でよく京都や奈良へ
お寺を巡っていましたが、当時その行き先にまったく興味がなく
ただただその道中を楽しんでいました。
今も車窓に流れる景色に心を解放するのは変わらずとも
ようやっと、お寺のことや仏像のことなど
少しは知識として、関心が湧いてきたようです。
あとは家族でショートトリップのよさを改めて。
たぶん後々思い出すことといえば、きっとこんな日のこと。
5.10.2013
パ イ ン
先日、新国立劇場にてバレエ「ペンギン・カフェ2013」を鑑賞。
3部構成でいずれの世界観にも魅了されました。
特に印象的だったのは、やはりペンギン・カフェ。
原題には’Still Life’ at Penguin Cafeとある通り、
人類によって命を阻まれる絶滅危惧動物に、視点が寄せられています。
そういった社会問題を底辺にしながら、弾むオーケストラと愉快なステップ。
すっかり世界に浸りながらも、随所で目をそむけてはならない命題を
突きつけられるような感覚を覚えました。
何より熱帯雨林の家族の描写では、壮大な音楽に包まれる中、
言葉よりも強い、真っ直ぐなメッセージに心揺さぶられました。
これまでにバレエ鑑賞をしたことは数えるほどですが、
自分にとって新たなバレエを楽しみ方を見つけた日にもなったようです。
最近はずっと家で、The Penguin Cafe Orchestraのアルバム集を
繰り返し聞きながら、舞台を反芻して(踊って)います。
ペンギン・カフェのバレエを観た翌々日に
沖縄のペンギン食堂から届いたパインをお裾分けして頂いたことも
何となく自分の中で、繋がりのある出来事に。
あっという間に5月。
随分日も長くなって、昼寝の言い訳がしやすい季節です。
3.21.2013
傘
ようやっと気に入った長傘を購入。
あんまり高価だと、もし出先でなくした時の気落ちが大きかろう、
とはいえ何時なくなってもよいような使い捨ての感じも好きではなく。
と、長らく傘を見ては迷っておりましたが、
今日お仕事の合間にぱっと出会いました。
銀座で購入しましたが、京都で作られているものだそう。
もうすぐ思い出の場所として、銀座からなくなってしまう松坂屋で
見つけられたことも、内心嬉しいです。
百貨店でお買い物。
この言葉の雰囲気はとても好きなのですが
どんどん幼い頃のそのイメージからは変化していますね。
もちろんデパートには、おおかた既製品が並んでいるのですが、
その中から気に入ったものを見つけ、長く大事に使おうと思いながらの
帰り道の気分はとても好きです。
大仰なものではなく、機能性があって丈夫なもの、
おばあちゃんになっても使えるもの、
・・・といった自分なりの基準にしっくりくるものを
お買い物したときの爽快さをここに記しておきます。
本当になんてことない傘なんですけれど。
2.14.2013
2 月
すっかり遠く遠くなってしまった大学生活を思い出す。
先日ひさしぶりに訪れた母校にて。
入学して間もない頃、キリスト教の授業で
まだまだはしゃいで落ち着かない女の子達に向かって、
先生がおっしゃったのはこんなようなこと。
まだまだはしゃいで落ち着かない女の子達に向かって、
先生がおっしゃったのはこんなようなこと。
「ここに座っている皆さんが、50年後に全員
ここにこうして生きていると思いますか?」
毎日生きていることと、常に背合わせであることを
指し示された瞬間。
それでもそんなことは自動的に頭からすぐに離れ、
日々甘えた気持ちが先行し
日々甘えた気持ちが先行し
わたしの大事な人はずっとわたしを見てくれていると
どうしてもそう思い込んでいた。
大学を卒業したのも、遥か昔なのに
まだ何もたいして変わらないものだと、どこかで未だ思い続けている。
でも時間はちゃんと流れ続けている。
まだ何もたいして変わらないものだと、どこかで未だ思い続けている。
でも時間はちゃんと流れ続けている。
先月、先々月と続けてわたしの2人の祖母が天へ召された。
一点の曇り無く悲しい。といったような、へんな気持ちが
電車に乗っているとき、家について椅子に座ったとき、
思わぬ瞬間に見え隠れしながら、しばらく過ごしている。
ただ、時折ゆらゆら揺れる感情を、分かち合える家族や友達が
わたしの心の近くに今、いることを心の底から幸せに思う。
それからわたしの祖母は、どちらも自分の人生を
全うしたのだと言い聞かせて。
書いたらすっきりするかと思ったけど
一点の曇り無く悲しい。といったような、へんな気持ちが
電車に乗っているとき、家について椅子に座ったとき、
思わぬ瞬間に見え隠れしながら、しばらく過ごしている。
ただ、時折ゆらゆら揺れる感情を、分かち合える家族や友達が
わたしの心の近くに今、いることを心の底から幸せに思う。
それからわたしの祖母は、どちらも自分の人生を
全うしたのだと言い聞かせて。
書いたらすっきりするかと思ったけど
また泣けてきたなぁ。
ふたりの祖母の心強い応援を背中に受けながら
ふたりの祖母の心強い応援を背中に受けながら
今日も明日も生きていく。うんうん。
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