朝目覚めた時に、慎重にゆっくりと「お は よう」と口にする3ヶ月の我が子。
うまく口を動かせた時には満面の笑み。
言葉を発することそのものが、彼女にとって驚きであり、喜びであるようです。
生まれて初めて、ひらひらと舞う薄ピンク色の桜を見た日には、
帰宅後「さ くぅ らぁ」と言いました。
実際に見たものを、もう一度確かめるように言葉を発します。
もちろん1日の大半は、あーあーうーうーといわゆる喃語を発していて、
ぐずったり、泣いたりのちょっとした違いで気持ちを察するのですが、
歌を歌うと「おかあさん」「ちゅうりっぷ」「あか」など、
自分が知っている(=単語とそれが指し示すものが紐付けられる)ことばのところで
嬉しそうにすることは、私にとっても、ことばを用いて気持ちが通う瞬間であり、
特別な喜びが込み上げます。
その一方で、まだ見たことのない「うみ」や「ひつじ」「つき」など、歌詞に出てくる
知らないたくさんのことばのところでは、一体どんな景色が広がっているのかなぁと
不思議な気持ちになります。
ただ思い出されるのは、昨春聴きに行ったChristian Wallumrød Ensembleのライブ。
あの時に得た音楽の感触は、そっと小窓を開くと、目の前に
見たことのない新しい景色が広がったようでした。
もしかしてノルウェイのどこかのような、全く勝手な私の想像上のような、
でもそれは確かに、ずいぶん前から見たいと望んでいた風景。
あの時、奏でられる音楽から私が自由に景色を思い描いたように、
私が口ずさむ歌に、娘も彼女なりの情景を浮かべているのかもしれません。
とにかく今日は帰省先で、生まれて初めてたこ焼きを目にし、
お店のおばちゃんにたこ焼きひっくり返しながら、
「小っこいねえ。かわいいねえ。」と言ってもらった、穏やかなよい1日でした。