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10.05.2020

SITRUUNA



現在発売中の雑誌SITRUUNAchomochomo knitting circleのことをご紹介頂いています。

お隣りのページでは、私が妊娠時に地道に編み上げた、オーガニックコットンのブランケットについても光を当ててくださいました。

気忙しい毎日の中でも、編み物に没頭する少しの時間があることで、心が整います。


1.23.2019

ChomoChomo Knitting Circle



2018年12月千駄ヶ谷THINK OF THINGSのカフェにて、ChomoChomo Knitting Circleを初めて開きました。その年の思いを込めた冬のオーナメントを編み
ました。皆さんと語らいながら編み物をする時間はとても穏やかで幸せでした。春頃に再び集う予定です。

8.18.2015

き も の


外はサウナのように暑い暑い夏に、何をしているかといえば
編みものと着物の着付けの練習です。あついあつい・・・。

6月に思い立って、週に1度娘を連れて呉服屋さんへ
着付けを学びに行っています。
幸い娘はおとなしく畳の上をころころ、少しぐずっても
先生はじめ皆さまにやさしくあやして頂いたおかげで、
なんとかお太鼓、二重太鼓、浴衣も文庫やその他アレンジまで
教えて頂くことができました。
残すところあと1回。
習ったことを忘れず、練習を重ねたいと思います。

これから七五三や入園式などに、自分で着物を着たいこともありますが、
本当はちょっとお食事や銀座にお出かけくらいの時にも、
着物を着られたらいいな、と淡く思い描いています。
もうひとつ、次にどこか外国へ行く時には是非着物を持って行きたいな、
という夢も。(これは栃折久美子さんの「モロッコ革の本」を読んだ影響。)

着付けを習うにあたって、私の祖母が母のために縫った
灰桜の着物を送ってもらいました。
寸法を測りましたら、どこもかしこも母にぴったりの丈。
今はいない祖母にしばらく想いを馳せました。

娘を産んだことで、強く思うことは
私がこの世にいなくなった後も、この世界は、家族のつながりは、
綿々と続いていくということ。
母になるということは、これまでの時間と、まだ見ぬ未知の世界を
せっせせっせとつなぐ伝達人になったような気分です。
全てとはいきませんが、なるべく取りこぼさないように
ちょっとでも多く手渡すことができたらいいな、と思いながら
冷房の中、アルパカの毛糸でカーディガンを編んでいるところです。


12.30.2014

ChomoChomo / Baby Booties for OUTBOUND

photo / Kasane Nogawa


活動をお手伝いしている、画家・伴美里さんの編みものアートワーク
ChomoChomoに小さくかわいらしいベビーブーティが新たに加わりました。
ChomoChomo Baby Booties for OUTBOUND Kichijoji

吉祥寺OUTBOUNDのみでの限定販売となります。
新しい年、吉祥寺へお出かけの際は是非お手に取ってご覧ください。

4月にUTRECHTを退職して以来、お仕事らしいお仕事はなかったものの
ChomoChomoの、というより美里さんのじっくり試行錯誤を重ねていく作業と、
OUTBOUND小林さんから丁寧なアドバイスを頂く、一連のやりとりのサポートは
私にとっても、たいへん達成感のあるものでした。

その他の熱量はすべて個人的なニッティングに発散された模様。
自分でも止められない編みもの欲、いつまで続くのでしょうか。

3.11.2014

今 日



編みものに没頭する時間が増えることと比例して
家でピアノを弾く時間がめっきり減ってしまいました。
どうやらどちらも似たような作用が働くよう。

考えてみると、編みものをしながらたまたまTVで放送されている
外国の古い映画やドラマ(ミス・マープルなどが流れているとうれしい。)を
流し見しつつ、そこにはコーヒーの匂いがして、ちょっとおやつを齧って・・・
という一連のことは、すべてわたしが幼い頃に母の傍らで過ごしていた時間そのもの。
当時の母くらい大人になった今、自らそれそのままに再現しているのです。

東京に引っ越してからも、自分の部屋にピアノがあることで
安心感を得られたのは、やはり幼い頃への郷愁の中に
ひとり身を置くことができたからかもしれません。

ピアノも編みものも、教本に倣って1音ずつ(1目ずつ)
かたちにしていく時間を地道に重ねていけば
いつしか1曲(1枚)の作品が出来上がり、そこには
何となく自分らしい味わいみたいなものが乗っかっているという
行程そのものが似ているところも、きっと気性に合っているのだと
思われますが、編みものをする行為を介して
わたしは過去への憧憬にとっぷりと浸ることで、
心の安寧を得ているのだ、ということに、つい先日はっと気づきました。

得てして現在編みものをしている時間も
いずれ自分にとって手放しがたい、過去の時間となるのです。

思い出されたのは随分前に手に入れた、葉っぱの坑夫さんから出版されている
「Strings; 糸ごよみ 1800年代、2人のヤカマ・インディアン女性の記録」。
(さらに原書はこちら。"Strings: The Lives of Two Yakama Women in the 1800s" )
これは1800年代のヤカマ・インディアンの女性たちが、自分達の日ごろの思い出を
結んだひもに託して、各々の暦を作ったという記録の書。
娘が生まれた時に新しく結びはじめ、結婚するときに
母から娘へひもを渡すという説もあります。

あの時のあの子の仕草、読んでいた本のこと、ちょっとしたことですが
編んでいる途中に起きた出来事が、自分で編んだ1枚にも
見えない痕跡を残しているようにも思います。
長い長い糸を編んでいくことで、とめどなく流れる時間を、現在を、
ちょっとでも記憶に留めておきたいのかもしれません。

でも今日はちょっとピアノも弾いてみようかな、と思います。
なんとなく。


*
写真のセーター。
よぉく見るまでもなく大胆に模様を編み間違ってますが、これも思い出。

11.21.2013

knitting



最近は時間と時間の隙間を見つけては
編みものに没頭しています。

以前から簡単なものを編んだことはありますが、
きちんと1枚のセーターを目指すのは初めてのこと。

冬を前にして思い立ったのか、
祖母、母、伯母たちが皆、見事な編みものを家族に残しているのに
わたしはまだ何ひとつ作り上げていない、と遺伝子が焦ったのか。

ついカレンダー上のスケジュールだけで1日を埋めようとしてしまうけど、
そこには特に取り上げられることのない隙間の時間こそ
集中することができたり、じんわりと密度の濃い
なんでもない時間が流れているのだ、ということを
自覚させるために手を動かす基礎練習をしているような、
そんな気持ちもどこかで感じています。

1段ごと編めるたびにうっとりする時間の方が長いので
なかなか進みませんが、しばらくそうして過ごしています。
街を歩いていても、色んなものが編み目に見えて仕方ありません。

these days i cant stop to knitting.
it remind myself how to spend our days in calm.